京都廣学館の心を育む教育

京都廣学館高校では心の教育をとても大切にしています。
勉強によってたくさんの知識を身につけても、生徒本人の器がしっかりしていないと能力を活かせません。
本校では少林寺拳法と坐禅を授業に取り入れ、徳(人間力)・体(行動力)・智(思考力)の調和のとれた人格の形成を図り、礼節をわきまえ豊かな人間性を持った本当の意味で社会に貢献できる人材を育てるために心の成長もしっかりと見守っています。

少林寺拳法は、勝ち負けを競う武道ではありません。二人一組の稽古で、互いに協力しあう楽しさを学び健康な身体と思いやりの心を育みます。

坐禅では心を落ち着け、集中力を養います。
心身を讃え自らを見つめることで、落ち着いて物事に取り組める姿勢を身につけます。

求める生徒像

建学の精神に基づいた本校の教育方針や教育内容に共感し、賛同するもので、以下のような生徒を求めます。

  • 思いやりの心を持つ生徒
  • 向上心のある生徒
  • 人や社会の役に立ちたいと思う生徒

本校の卒業認定方針

  • 教育理念に示される、自己の可能性を信じ、主体性を持った生き方ができる生徒であること。
  • 校訓の示す、他人から愛され信頼され、尊敬される生き方ができる生徒であること。
  • 自ら課題を見つけ、学び、考え、より良く問題を解決しようとする生き方ができる生徒であること。

校章の由来

校章

京都廣学館高等学校の校庭に立つ「明珠在掌」の達磨大師像は、「全ての人間は一人ひとり素晴らしい可能性を持っている」ことを伝えています。また、本校の人間教育の柱の一つである少林寺拳法では、人間は「育つ可能性を有する種子」だと教えています。本来、一人ひとりが間違いなくその可能性の種子、つまり明珠を持っていますが、最初から明るく輝いているわけではなく、それに気づき、取り出し、磨かなければなりません。本校の教育理念である「人間の能力は生まれつきのものではなく、その人の努力によって開発され、無限に伸ばされる」は、まさにこのことを示しています。

本校の教育が目指す人間像は、校訓に示される「愛・信・敬」の調和と、「徳・体・智」の調和のとれた人間です。京都廣学館高等学校の校章には、この二つの調和のとれた生徒、育つ可能性を秘めた生徒の姿を学園章の白百合の花を継承して表されています。これはすべての生徒が持つ本来の姿であり、可能性です。この明珠を磨き、鍛え、明るく輝かせ、両掌で掲げた明珠在掌の訓えを表しています。